
ボーナスの時期である。私には縁がないが・・・。
この時期になると、食事に誘ってくれる人がいた。
「ボーナス出たからおごるよ」と。
勤め人の頃の先輩だ。若い頃同じ職場で働いたことがあり、それから何かと目をかけてくれた。
私が会社を辞めてからも、年2回必ず電話があった。
人にごちそうになるときは、腹いっぱい食べるのが礼儀だと思っているので、「よく食らい、よく飲む」をモットーにしている。とは言っても、例えば寿司屋で最初からとろを頼むような、相手に不安を与えるようなことはしない。そういうものは、相手に勧められてからいただくものだ。自分でもおごられ上手だと思っている。
逆の立場で、若い人がガツガツ食べているのを見るのは気持ちがいいものだ。ドンブリ飯を片手に焼肉などを頬張っている姿を見ると、思わず「さー、もっと食え」と言いたくなる。
さて、その先輩からの誘いが今年はない。今年の春、定年を間近に控えて、持ち家のある地方都市に自ら希望して異動された。その送別の宴で私はその人に初めておごった。
「今日は私に出させてください」と言うと
「ありがとう。また会おう」と言ってくださった。
私は、それを「またそのうち飯食おう」という意味にとった。
故人いわく、「受けた恩は石に刻み、かけた情けは水に流せ。」
お世話になった人のことが思い出される師走だ。
Up Date:2011年12月10日(土) トラックバック ( 0 )
今年も残り1か月。受験を目指す塾生たちは不安を抱えながらも、それぞれ、それなりに頑張っている。さだまさしさんの「道化師のソネット」という歌に次の歌詞がある。
僕らは別々の山を
それぞれの高さ目指して
息もつがずに登っていく
山びとたちのようだね
君のその小さな腕に
支えきれないほどの哀しみを
せめて笑顔が救うのなら
僕は道化師(ピエロ)になろう
彼ら受験生に接していると、この歌を思い出す。この歳になると、受験の失敗など長い人生の中では些細なことだと自信を持って言えるが、今の受験生にそれを言うわけにはいかない。
ある会社の人事担当の役員がこんなことを言っていた。「いわゆるいい大学を出た人間はできるというわけではないが、難しい入試に挑戦し乗り越えた経験がある。困難にぶちあたった時に、何とかして乗り越えようという泥臭さを持っている。」と。
受験生が山びとなら、私は道化師(ピエロ)の役割を演じよう。
この歌には次の一節もある。
「きっと誰もが同じ河のほとりを歩いている」
Up Date:2011年11月24日(木) トラックバック ( 0 )
新大臣が就任の記者会見で「私は素人ですが」と言うと、マスコミ各社は「素人で大臣が務まるのか」と、鬼の首を取ったように騒ぐ。ちょっと待てよ、本人は謙遜して言っているのではないか?「浅学非才の身ですが」という言葉もある。素人かどうかは仕事ぶりを見て判断すればよい。「私は経済の専門家ですから」と言って、話を切り出す政治家がいたが、そちらのようがよっぽど胡散臭い。
また、最近「死の街」という発言で、ある大臣が辞任した。この言葉だけで辞任したわけではないようだが、「死の街」という表現は不穏当か?私にはさっぱりわからない。原発周辺の市町村は明らかに「死の街」だろう。大切なことは、その事実を厳粛に受け止めて、これからに向けて考えることではないか。
新任の厚生大臣が「健康のためにもたばこ税は700円まで持っていきたい」と発言。たばこ増税に関して、野田総理は以前、「増税となると、まずはたばこ税、酒税を上げろという議論はオヤジ狩りみたいで気が進まない。」という趣旨の発言をしたらしい。おもしろいことを言う。愛煙家の友人は「復興のために増税というならわかるが、あなたの健康のために税金を上げますと言われてもなあ。余計なお世話だ。」と言っていた。「君のためだから」と言われながらチクチク説教されてるような感じかな。
たばこと言えば、会社勤めをしていた頃、JT(日本たばこ産業)本社を訪問したことがある。当時、すでに多くの会社で、応接室や会議室から灰皿は消えていたが、JTは違った。会議室に入ると「たばこはご自由に」と言われる。強力な空気清浄機をはさんで、互いにたばこを吸いながら打ち合わせをする。当時、私はヘビースモーカーであった。普段は洋モクしか吸わない者も、JTに行くときは国産たばこを買ってから乗り込んだものだ。また、JTの本社ビルの1階にはスターバックスコーヒーが入っていた。スタバと言えば禁煙が売りだが、そこの店は違った。禁煙スペースと同じくらいの喫煙スペースがあった。
JTのたばこ事業にかける強い意思を感じて、妙に感心したものだ。
Up Date:2011年09月21日(水) トラックバック ( 0 )
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